平成最後の大相撲春場所(大阪)で、貴景勝関が10勝を挙げ、見事大関昇進が決まりました。初土俵から28場所での大関昇進は、前師匠の貴乃花の30場所を抜き、1958年の年6場所制となって以来、歴代6位のスピード昇進、また22歳7カ月22日での新大関は9番目の記録です。
日本人力士の大関昇進は2017年の高安以来2年ぶり。身長も175センチと平成以降に誕生した新大関では最も低い身長で、押し相撲に徹し、大型力士との身長差をものともしない迫力は、観戦する者の心を揺さぶるほどです。まだ若い新大関の誕生は、大相撲ファンにとっても期待と楽しみがさらに大きくなりました。
大関昇進伝達式にて、貴景勝関の口上は以下のようでした。
「大関の名に恥じぬよう、武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず、相撲道に精進して参ります。」
武士道精神を重んじるということ、感謝の気持ちと思いやりを忘れないことという2つの覚悟を表明しています。しかし、「武士道精神」とは具体的に何か、よくわからないと感じた方も多かったのではないでしょうか?そこで、「武士道精神」について私なりに考えてみたいと思います。
「武士道」で思いつくのは、やはり新渡戸稲造が著した「武士道」ではないでしょうか?今回はこの新渡戸稲造の「武士道」をもとに解説してみたいと思います。新渡戸は武士道精神を表す言葉を取り上げながら説明しています。武士道精神の言葉は多くありますが、特に重要だと感じたものを取り上げます。
「義」については正義とか義理という言葉が思い浮かびますが、勝者が正義である、といった意味とはかなり異なると考えます。武士道の義とは、腐敗や不正に交わることなく、道理を貫くことと捉えます。現代では「家族を大切にする」「弱い人には優しく接する」といった倫理観が義となるでしょう。次に「勇」です。これは「義」と結びついていると言えます。「義を見てせざるは勇無きなり」という言葉があるとおり、誰かがいじめられているときに見て見ぬふりをするのは「勇無き者」です。義の心は、勇とセットになって初めてその実力を発揮することになります。現代社会ではとかく「見て見ぬふり」「迎合」「空気を読む」といったことが言われますが、やはり「駄目なものは駄目」と言えるためには「勇」が必要です。しかし、「勇」は冷静さを失ってならず、勇敢であっても「向こう見ずな勇気」は否定されるのです。
「仁」・「礼」
「仁」とは慈悲の心、哀れみの心、つまりは優しさだということでしょう。この意味で「思いやりを持つ」という心につながります。部下・後輩の指導・育成にあたっては厳しい中にも仁の心、思いやりの心が必要であるということだと思います。武士道では「最も剛毅なる者は最も柔和なる者であり、愛ある者は勇敢なる者である」という表現を通じて、武士の普遍的な真理を捉えています。「気は優しくて力持ち」ということにもつながります。そして、「礼」とはこういった思いやりの心や感謝の気持ちを行動で示すこととされています。挨拶やお礼というのは体や言葉を用いて人に伝えます。心の中で「ありがとう」と思っても、動作や表情、発話を怠れば人には伝わりません。「礼儀」の儀という字も義(にんべんなし)は抽象的な道理を意味しますが、そこに人(にんべん)が付くことで、具体的な行動を示す文字になるとされています。「儀式」「作法(礼儀)」は動作を共通にすることで、誰もがその動作を見て同じ思いを伝えていることがわかるようにする、ともいえるでしょう。
さて、ここで私たち不動産鑑定士についても一考。不動産鑑定士は「士」とされているとおりサムライといえましょう。従いまして、不動産鑑定士も武士道精神とまでは言いませんが、上記の言葉「義」「勇」「仁」「礼」といった精神を持ちながら日常業務に励むべきと考えます。
「志(こころざし)」という字は、「士(さむらい)」の下に「心」と書きます。不動産鑑定士として志すということはやはりサムライの心、つまり「武士道精神」にも似た気持ちで仕事に取り組まなければならないと感じます。これは不動産鑑定士のみならず、「士」とつく資格者である「士業」に携わる専門家全て当てはまるかもしれません。
初代理事長である櫛田光男は、著作「不動産鑑定評価に関する基本的考察」において、「鑑定評価の主体の能力と責任ー倫理的要請について」の中で以下のように述べています。
「不動産鑑定士に対して要請されるものは、(中略)何よりもまず普通人にまさる十分に高度の特別の能力をもつことが必要であることは申すまででもありません。鑑定評価は知的な仕事であるとともに、技術的な実際的な仕事でありますから、精密な知識と豊富な経験と的確な判断力とがその能力の主な内容であるといってよろしいでしょう。(中略)その知識は非常に広汎なものが要求されます。鑑定評価の理論の他に、民法、経済学、会計学、不動産に関する行政法規はもとより基礎的なものとして重要でありますが、私はこの他に財政学、社会学、心理学なども同じように重要ではないかと存じます。」
さらに、これらの「高度の知識と経験と判断力とが渾然とした有機的一体をなしてこそ、的確な鑑定評価が可能となるのであるから、不断の勉強と鍛錬とによってこれを体得し、もって鑑定評価の進歩改善に資すること」と述べています。
特に強調しているのは、「誠実さ」です。「誠(まこと)」という字は、武士道精神の一つでもあります。誠とは「嘘をつかない、ごまかさない」ということ、言葉に責任をもつということです。
櫛田が不動産鑑定士に第一に求めるものは、上記のとおり日々の鍛錬と「誠実であること」でした。その理由は、不動産鑑定評価という行為は土地と人との関係に基づく不動産の価値を見極め、それを価格に置き換える作業であることからすれば、社会的公共的意義が極めて大きいからです。
不動産鑑定評価の道理とは何か、不動産鑑定士の果たすべき役割と責務について、武士道精神は大いに参考になるものであり、櫛田が描く「不動産鑑定士像」に一歩でも近づきたい、いや、櫛田の創造を超えてみせたい!と思います。
(幸田 仁)