2019/04/16 ゼロ成長社会の先へ~曙雑記より~

2012年以降、第2次安倍政権はデフレからの脱却を旗印として「アベノミクス」を推進してきました。大胆な金融政策として、2%のインフレ目標、異次元量的緩和などを実行し、機動的な財政政策として、防災・減災のための国土強靱化を目指した大規模公共投資、そして民間投資を誘導するための成長戦略を推進してきました。戦後最長の景気拡大とされながらも、所得格差の拡大、少子高齢化による人材不足といった「実感なき成長」とも言われています。日々の生活を送る私達にとっては景気拡大という印象は薄く、「ゼロ成長」が長らく続いているというのが実感であることは想像に難くありません。

99045028_72a

 

かつての「ゼロ成長」時代

1945年(昭和20年)の終戦以来、日本は戦後復興から高度経済成長、そして平成バブルへと著しい経済成長を実現した印象が強く残りますが、「ゼロ成長」を経験した時代がありました。

1972年(昭和47年)、第3次佐藤内閣の時代に通商産業大臣であった田中角栄は「日本列島改造論」を発表、1972年に田中内閣組閣後、1973年(昭和48年)の経済社会基本計画に盛り込まれ具体化されました。この計画を受け、民間企業を中心に土地投機が爆発的に増加し、1973年の1年間でおよそ四国一島分に匹敵する面積を法人等が取得していたと言われています。田中内閣の政策はインフレーションを助長した結果、急激な物価上昇とモノ不足をうけ、1974年(昭和49年)には狂乱物価として揶揄されました。

そしてゼロ成長は突然訪れます。日本国内の急激なインフレーションを受け、1973年(昭和48年)に第2次田中内閣は「総需要抑制策」を打ち出しました。その頃、国際社会では原油価格の高騰によって「第1次石油ショック」が日本経済を直撃し、1974年(昭和49年)から1975年(昭和50年)にかけて大不況が発生しました。

曙雑記が語る「ゼロ成長の意味」

「曙雑記」とは、弊所初代理事長の櫛田光男が執筆し、季刊「不動産研究」において、1967年(昭和42年)7月号(第9巻第3号)から1975年(昭和50)年7月(第17巻第3号)にかけて16回にわたり掲載されたコラムです。「曙雑記」と名付けた理由は櫛田によれば、日頃見聞きしたことや、感じたことを書き留めておいたノートの名前からとったもので、「土地の訴えに耳を傾け、その声を書き留めておく」という意味も込めてつけられたものです。曙雑記を紐解けば、現在の不動産市場、日本社会における様々な課題を考えるためにとても参考になる内容となっており、折に触れて紹介させていただきます。

さて、1974年(昭和49年)の曙雑記15では、この石油ショックと日本経済の低迷を受け、櫛田は「ゼロ成長の意味するもの」として以下のように記述しています。

「(石油という枯渇する資源を使用しており、石油ショックが及ぼす意味を踏まえた上で)ゼロ成長ということがどのように厳しいものであるか、そのロジックを国民の誰もが理解できるようにしなければなりますまい。他人の取り分を減らすことなしに自分の取り分を増やすことが出来るのは、分けるべきパイの大きさが増える特殊な場合、つまり成長経済のある特殊な場合にのみ可能であるということ、つまり、パイの大きさが増えない限り、ゼロ成長にとどまる限り、自分の取り分の増加は、必ず他人の取り分の減少と見合わねばならないということ、このゼロ成長の理論を誰もがよく理解して、節度ある行動をとらない限り、必ずや大きな混乱を伴い、あるいはその結果、思わざる破局的転移を見ないとも限らないということを、誰もが納得しなければならないと思われます。非常に難しいことですが、最早エゴを主張することは、個人的にも、地域的にも、集団的にも、これを認めることができないという極めてシビヤな事態なのであります。」

当時は、ちょうど第二次ベビーブームの到来により、団塊ジュニア世代の増加が将来人口の増加を明確に示した時代の中でのゼロ成長でしたので、今後の人口増加に及ぼす影響は大きかったかもしれません。しかし、このゼロ成長に対する櫛田の意見は、現代社会における警鐘であり、さらには不増性、固定性といった自然的特性をもつ「土地」の有効な利活用にも当てはまるように思えます。

櫛田はこの曙雑記の最後に「奪い合い」ではなく「与え合い(贈与、あるいは福祉)」の意識を持たねばならないとして締めくくります。

現代の「ゼロ成長」を超えるために

現在、「アベノミクス」による景気刺激政策は効果を発揮した領域もあれば、効果が見えない領域あるいは逆効果であった領域もあることでしょう。不動産市場を総じてみれば、「空き家」「地方創生」「人口減少」といった影響が地方ではより強く表れ、一方で首都圏をはじめとする都市部においては人口集中、外国人観光客の増加、都市再開発などの事業によって、限られたごく狭い地域における土地の取得や開発競争が続いています。

昨今では、「サブリース賃貸アパート」「個人向け不動産投資」に関連する不正が表面化し、金融機関の不動産融資を含めた社会問題となりつつあります。「ゼロ成長」とは「限られたパイの奪い合い」であり、それは不動産市場でいえば、不動産業者・建設業者間の生き残りをかけたビジネス競争であり、企業等の組織集団内でいえば、限られた売上というパイについての株主・経営者層・労働者層の奪い合いであり、最終的には国民全体の所得の奪い合いとなる、ということを示していると感じます。

図らずも、アメリカの若手学者であるアダム・グラント氏著書「GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代」がベストセラーとなっていることからも、これからのビジネスは「ギバー(与える人)」がビジネスを成功に導く時代へと向かっているといえるでしょう。(幸田仁)