2019/07/23 歴史を知ること、歴史を学ぶこと

こんにちは、日本不動産研究所の幸田 仁(こうだ じん)です。今回のタイトルは、少し硬いかもしれませんが、クリックしていただいたことに感謝します。

まずはじめに、なぜこのタイトルにしたのか?ということですね。それは、これまでもこのコラムで述べてきたように”不動産は人々の生活に直結した基盤”という話と、”不動産(土地や地域や街など)そのものが人々の活動の歴史を反映したもの”だということをお伝えしたかったからです。

櫛田の基本的考察より

もう少しわかりやすく説明しますと、日本不動産研究所初代理事長の櫛田は、著作「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」以下のように述べています。

不動産のあり方とその歴史的役割について

「不動産のあり方」とは、不動産鑑定評価の基本となる概念ですが、この意味について櫛田の説明を引用すると「人間が何らかの役に立たせようという、ある意図をもって自然物である土地の中からある土地を選択し、特定の利用関係を設定するときにできあがるもの」とし、この人と不動産との関係性を「不動産のあり方」と呼んでいます。

このような視点のもとに櫛田は以下のように述べています。

「不動産のあり方は、人間の作品なのでありますが、一度形成されますと、今度は自然的、文化的環境の一部として、所与の外部条件に転化してわれわれ人間の状態や行動を規定するものとなり、われわれの現在及び将来を拘束する大きな力を示すこととなります。まことにわれわれの歴史は、不動産のあり方の変遷という角度から、これを眺め、これを理解することが出来るとさえ思われるのです。」

例えば、駅ができるとその周りに商業地ができあがり、そこに人が集まることで、周辺に住宅地ができあがるといった具合です。全く関係なく商業地や住宅地ができるのではなく、ある出来事(駅が出来る)をきっかけに、徐々に人々によって原野や山林が宅地、あるいは商業地として連鎖的に変化するという意味ですね。

人々(社会)の歴史は「不動産のあり方」が決定する

したがって、社会や人々の活動の歴史は「不動産のあり方」に影響され、また社会に影響を与えているとても重要なもの、と言えますね。櫛田も「個人の幸福も、社会の成長、発展及び福祉も、この不動産のあり方がどのようであるかということに依存しているとすれば、不動産のあり方は、われわれの歴史の決定因子の重要なものの一つであります」と述べています。

歴史を知る、歴史に学ぶ

さて、それでは「不動産のあり方」を考える上で、どのように歴史を捉えるべきでしょうか?私なりに考えたのですが、一口に歴史といっても、歴史を知ることと歴史を学ぶことには、少し違いがあるのではないか、ということです。その違いについてイラストで説明したいと思います。

下のイラストをご覧ください。真ん中右向きの直線は時間を表しています。「出来事」は左にあるほど昔の出来事、右に行くほど新しい出来事です。「現在」は今を表しています。右端の「?」が付いた出来事は未来なので、わからないという意味で「?」マークをつけています。

直線の下には「関係性」という矢印があります。これは過去の出来事Aから出来事Bにはなにがしかの因果関係や影響があるという意味で関係性としています。たとえば出来事Aと出来事Bには関係性1でつながっているという意味になります。

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歴史を知るということ

さて、ここから本題に入ります。「歴史」といって私が思い出すのは、高校や大学受験で勉強した歴史です。政治、社会現象、事件、文化などをひたすら覚えたという印象です。1600年に関ヶ原の戦いがあり、1603年に江戸幕府ができて、1853年にペリーが来航して1868年に明治が始まった、といったように覚えましたが、これでは過去の歴史を「知っている」ということに留まります。

確かに、過去の出来事を知ることは、歴史を学ぶための第1段階です。ただし、過去の出来事を知っているだけでは面白くありませんね。なぜなら「時系列で過去の出来事を羅列しているだけ」になってしまうからです。

歴史を学ぶということ

では、歴史をもっと深く、面白くするためにはどうすべきでしょうか?それは上記イラストの直線の下部分(関係性)を「考える」ことだと思います。たとえば出来事Aには「関係性1」という背景があって、出来事Bが起こった。というような感じです。出来事は誰もが疑いようのない「事実」が基礎になっています。しかし「関係性」にはいろいろな背景や因果関係が絡み合っているので、どのような切り口で関係性を捉えるかは、人によって様々な解釈ができます。ここが「歴史を学ぶ」面白さなのではないでしょうか。

具体的な歴史を考えると、よりわかりやすくなります。たとえば、1868年が明治元年ですが、大日本帝国憲法が発布されたのは1889年(明治22年)です。明治が始まってから20年以上かかっています。そして翌年1890年(明治23年)に第1回帝国議会が始まります。歴史(出来事)を知っているだけですとここまでです。これに関係性を加えてみますと、「どうして明治になってから憲法が発布されるまで20年もかかったのか?」という視点が浮かび上がります。このように出来事Aから出来事Bに至るまでの関係性や過程を考えていくことが歴史の面白さであり、学ぶことではないかと思います。

歴史に学び、将来を考える

さて、ここで再び不動産の話に戻ります。不動産鑑定評価基準第1章第2節「不動産とその価格の特徴」において、以下の文章が記載されています。

「不動産の価格(又は賃料)は、通常、過去と将来とにわたる長期的な考慮の下に形成される。今日の価格(又は賃料)は、昨日の展開であり、明日を反映するものであって常に変化の過程にあるものである。」

つまり、不動産の価格はその不動産や周辺地域における歴史的な背景が反映されたものであり、現在の価格は、その不動産や周辺の地域が将来どのように変化するかという予測のもとに形成されていくということです。

歴史の連続性を考えること

不動産の価格というものは、歴史を反映しているということがわかってもらえたと思いますが、それには単に過去の出来事を断片的に知るだけではなく、出来事の連続性をしっかりと学ばなければなりません。駅から同じ距離でも、南側と北側では土地価格が違う、ということはよくありますね。なぜか?単に「町並みがきれいだから」とか「商店街があるから」だけではわかりません。ではなぜ町並みに差が出来たのか、一方だけに商店街が集積しているのか?という点を考えることが必要になるということです。

過去の歴史から将来を考えること

「歴史はくり返す」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。この言葉はあまり良くない出来事が起きたときに使われますね。なぜでしょうか?私なりの解釈なのですが、過去と同じような現象や出来事が発生したとき、多くの人々は過去と同じように判断し行動してしまうことで歴史と同じような結末を迎えてしまう、ということではないかと考えています。もし、その結末が人々にとって辛い・苦しいものならばできるだけ避けたいものですが、人々の思考や行動はなかなか変えることができないため、結果的に同じ過ちを繰り返してしまうということではないでしょうか。

歴史を学ぶ重要性はここにあると思っています。これは「過去の教訓を活かす」ということでもありますね。一方で、私達不動産鑑定士は現在進行している出来事の当事者ではなく”観察者”であるということも忘れてはなりません。つまり、不動産市場での取引の趨勢をとらえ、将来は良くなるのか、悪くなるのかを判断する立場であるということです。将来を予測するといっても単に統計的な数字の計算だけではなく、歴史の連続性から見えてくる数字には表れない人々の集団的な価値観や意識の流れを観察しなければなりません。

そのためにはやはり歴史を学び、人々の活動に対する趨勢を見極めることが必要になるのです。

歴史を学び、不動産のあり方を分析すること

このように、歴史を学ぶということは、過去の出来事を知る(歴史を知る)ことのみならず、その因果関係や連続性について研究することであり、しかもその関係性はいくつもの出来事が複雑に絡み合っており、正解も一つではないと言えるでしょう。それ故に将来の予測についても、過去から紡がれた人々の歴史と文化を学ぶことで、確率論や統計論といった「見える数字」に加えて、人々が共感し、より深く納得できる予測が可能になるのではないでしょうか。

私達不動産鑑定士は、このようにして不動産を取り巻く歴史の連続性を学び取ることで、ようやく「不動産のあり方」とは何であるか、ということを理解できるのだと思っています。(幸田 仁)