令和元年10月12日、大型で強い台風19号は静岡県伊豆半島に上陸し、関東甲信越地方から東北地方へと北上しました。多くの河川が氾濫し住宅地が巻き込まれ、全国の死者は10月24日現在、13都県で86人に上っています(読売新聞報道)。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
また電気、交通、住宅、農作物などの被害は甚大であり、被災者の生活と復旧には多くの困難が予想されることから、日本政府は被災者に行政上の特例措置が適用される「特定非常災害」に指定しました。特定非常災害の指定は、阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨に続き6例目となります。被災された方々に心よりお見舞い申し上げ、被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。
日本不動産研究所初代理事長櫛田は終戦直後、大蔵省に在職中、引揚者に対する支援業務を行っている中、鹿児島県下である事故に遭遇します。それは、ある谷間に造られた引揚者住宅200余戸が、台風による洪水により一挙に流失してしまった事故です。被害に遭ったこの地区は、地元では洪水による危険があるため永らく人が手をつけていなかったことを後で聞いた櫛田は、悲しみと憤りとともに自然への怖れを感じ、「住宅は造りさえすればよいということではなく、土地の自然的特質を充分にわきまえて、これを合理的に活用することが必要である」との思いに至ります。
その後、櫛田は宅地制度審議会の委員として「民間住宅地造成事業の規制及び助成に関する制度上の措置に関する答申(昭和39年3月4日)」の作成に参加し、この答申によって、昭和39年に「住宅地造成事業に関する法律」が制定されました。後にこの法律は、都市計画法の制定(昭和44年)に伴い廃止となりましたが、答申作成に参加した櫛田は、助成を図ると同時に規制も厳重であってほしいとの姿勢をとり続けました。
今から約50年前、川崎市では住宅地が崩落する事故が起きました(以下中日映画社の動画をご覧ください)。
櫛田はこの事故について、季刊「不動産研究」第7巻第3号(昭和40年7月号)で「川崎の住宅埋没事故に想う」と題し、その悔しさ悲しみを綴っています。
寄稿の中ではこの事故がなぜ予防できなかったのかということについて、2つの思いを語っています。一つは、「なぜ、あのような谷間に20数軒もの住宅が建てられたのか?」ということでした。当時の逼迫した住宅不足が、住宅地としては適さない土地にも開発業者によって望ましからぬ市街地の形成が行われてているということでした。もう一つは「劣悪な自然条件下にある土地を、安全良好な宅地とする場合には相当の費用がかかり、原価は高くなるはずあるが、今回の宅地の造成や建築は非合法であったもののようであり、このような開発を事前に抑止できなかったのか?」ということでした。
当時の人口や産業の集中、経済社会のスピードアップが、業務上必要とされる注意義務を質的にも量的にも飛躍的に大きくし、その結果、土地開発等に関する些細な不注意や手違いが実に大きな生命財産を侵害している実例を櫛田は力説し、次のような思いに至っています。
「それにしても、土地の自然的特質を無視したその使用について、あまりにも一般に無関心であり過ぎます。宅地を供給する側も、宅地を需要する側も。したがって、小中学校から高校大学、さらにその後の成人社会教育の過程において、土地の自然的特質にかなった合理的使用についての知識を、普及徹底させることが基本的には急務であろうと思います。」
つまり、地価や土地利用に見られる多くの混乱の理由を「人々の土地に関する知識の不十分さ」にあると言っているのです。国等による都市計画や土地利用規制など、諸制度を策定することはもちろん必要ですが、規制や対策には限界があります。生活の安全、生命、財産を守るためには人々の土地に対する基本的な知識や知恵が必要と言えます。
櫛田が大きなショックを憶え、警鐘を鳴らした事故から50年以上がたちました。もちろんその後の建築・土木技術や治水技術は飛躍的に向上しました。しかし、今回の数度にわたる台風と豪雨による大きな被害は、人間の技術をもってしても抗えないということを知らしめたとも思えます。特に近代的な街として賑わう武蔵小杉駅周辺地区での氾濫と浸水被害は、多くの人々に大きなショックを与えたのではないでしょうか?
近年のIT化や行政情報などのオープンデータ化の推進により、土地に関する多くの情報が入手可能となりました。また、地方公共団体ではハザードマップなど災害対策のための情報公開も進み、防災や避難のための情報等を入手することが比較的容易になりました。一方で、これらの国や自治体等の情報提供の取り組みが、実際の防災や避難活動に充分に活用されていないという事実も浮き上がってきました。
そこで、現在行政等が公開している情報を有効に活用する必要があります。例えば、国土交通省が提供しているハザードマップサイトは、災害に対するリスク情報を確認したり、各市町村が作成したハザードマップを確認することができます。
今後、更なるオープンデータ化等によって地盤の状態、地勢等の詳細な状態が確認できるようになり、今回のような自然災害の被害をできるだけ小さくするためには、様々な分野の専門家によってこれらの情報を充分に活用・研究することが必要になることでしょう。私達不動産鑑定士にとっても、不動産鑑定評価の実践活動を通じて人々に不動産に関する知識を広める活動を進めることが急務であると考えます。
櫛田が鳴らした50年前の警鐘は時代を超えて取り組むべきことを示唆しており、日本不動産研究所が創立以来、活動の柱として不動産に関する一般相談、講演会への講師派遣、新聞雑誌等への寄稿等を通じて不動産知識の啓蒙普及に努めている理由もここにあります。(幸田 仁)