2020/01/10 住宅問題今昔 ~相続放棄報道から住宅の価値再考~

みなさんこんにちは、日本不動産研究所の幸田 仁です。

年が明け令和2年となりました。今年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックが開催されますね。4年に一度のスポーツの祭典を心待ちにされている方も多いのではないかと思います。さて、今回は近年様々なかたちで課題とされている「住宅問題」について、とりあげてみたいと思います。

急増する相続放棄

朝日新聞の報道によれば、2018年の相続放棄が10年前の1.5倍に増加しているという実態が報道されました。同紙によると、相続放棄の主な理由として住む予定のない実家などを相続したくないという理由があげられています。戦後急拡大した住宅市場、高度経済成長期では土地価格の高騰が住宅地を郊外へと押しやった時代から約半世紀が経ち、都心には大規模なマンションが続々と建設されていきます。当時郊外の住宅団地で育った子供たちは大人になり、都心からより近い住宅を選好する傾向にあります。

突然相続人になったり、相続する土地が判明したり

同紙の報道に寄れば、相続放棄される住宅や土地は、「売れないから」というだけではなく、被相続人には子供や兄弟がいないため、遠い親戚が相続人となる結果、相続放棄されるというケースもあるといいます。たしかに、ほとんど会ったこともない遠い親戚が保有する不動産を、突然「相続してください」と言われてもびっくりするでしょう。

また、かつて土地価格が上がり続けた時代に、山林や原野を「別荘地」と称して格安で売り出す「原野商法」と呼ばれるものがありました。購入者は現地も見ずに購入し、購入後も山林や原野のままで、その後に相続となり財産を整理したところ、この原野商法で購入した土地の所有が初めて判明するケースもあります。昔、被相続人がこっそりと購入し、誰も知らなかったという訳です。通常、このような原野や山林は市場価値がない場合が多く、相続することで逆に草刈りや固定資産税など負担が増えてしまいますから、感情的にも相続放棄したくなる気持ちも理解できます。

戦後の住宅産業

さて、このような相続問題を踏まえ、以下では住宅に焦点を当ててこの問題を考えてみたいと思います。

皆さんは例えば「戸建住宅を買いたい」と思ったら、どのような行動をとりますか?住宅展示場に行ってモデルハウスを見て回る、ネットで分譲情報を探す、新聞の広告を見るなどでしょうか?そこで皆さんも気づかれるように、その大半は大手から中小のハウスメーカーやホームビルダーが売りに出している住宅ではないでしょうか?

住宅産業の成り立ち

「住宅産業」という言葉が注目を集めるようになったのは、1968年(昭和43年)頃からとされています(「新版住宅産業(未来産業6)」日下公人著 東洋経済新報社 昭和51年発刊)。戦前までの住宅といえば個人(建築主)が発注し、大工さんをはじめとする様々な職人さんが一棟ずつ建てるということが一般的でした。

戦後、極端な住宅不足と労働者の都市部への集中という二重の問題が起こり、公営住宅や日本住宅公団(現在のUR)などが設立され、大規模な住宅団地の造成・開発による大量の住宅供給がなされました。もちろん、この傾向は5年や10年で終了するものではなく、昭和40年から昭和60年までの20年間で住宅総需要は新築需要1,600万戸、建て替え需要1,300万戸の計約3,000万戸と見込まれました(1969年(昭和44年)策定の「新全国総合開発計画」)。また、住宅不足の早期解消と低コストで大量に供給するための住宅建設の工業化を国が推進したことも追い風となり、これまでの不動産業やホームビルダーなどの建売業者に加え、大手建設業者、財閥系資本、金融資本、電鉄系、その他の工業製品製造業などが参入し一大産業になったのです。これは戦後の住宅不足に伴う大量供給を実現するために発達した住宅産業といわれる企業群の成果でもあるのです。

住宅産業をどう考えるか

季刊不動産研究第11巻第3号(昭和44年7月)では、日本住宅公団名古屋支所計画課長(当時)の水田喜一朗氏が「住宅産業をどう考えるかー居住空間の新しい生産者」と題して寄稿されています。この中では、住宅産業が成立した背景には、これまでの住宅、あるいは住宅建設に関する変化として、1.住宅生産技術、2.住宅供給方法、3.住要求または住生活それ自体の3点を上げています。なかでも住宅生産技術の変化として、大工さんをはじめとした職人の建築から、プレハブ(pre-fabrication)技術の発展が大きいと述べています。プレハブ住宅とは工場で住宅の部材を生産し、ある程度加工、組立を行ったものを現場に運んで建築する住宅をいいます。

こうして産業化された住宅について、水田氏は「いわば、今日の住宅は、アパートあるいは一戸建を問わず、戦前あるいは20年代の住宅と比べたとき、いちぢるしく工業生産商品に近くなったといえる」と説明しています。もちろんこの意味はこれまでの非効率的で人手もかかる旧来の住宅に比べて、住宅の中にも工業化という革新的な技術が導入され、人手不足を解消した高い生産性を期待した意味でのことです。

住宅は単なる商品ではない

近年、冒頭の相続放棄によって手放される不動産のほかにも、空き家のまま放置される住宅、地方都市やベッドタウンの人口減少と高齢化による地域の衰退が問題となっています。上記のとおり、戦後から高度経済成長期にかけての住宅問題とは住宅不足と供給コストの解消という意味でした。一方で現在の住宅問題は、売れない土地、使わない住宅をどう解決するかという意味に変わりました。なんとも皮肉なモノです。

住宅は生活の拠点

日本不動産研究所初代理事長の櫛田は住宅について、「住宅は、われわれの生活の本拠であり、また時代育成の場なのであって、われわれの明日の活力を生み出す最も基本的な場である」と述べています。この意味を解釈すれば、「善い生活空間(家族、住宅、ご近所など)が人間を育て、善い仕事と社会をつくりだす」ということではないでしょうか。とするならば、単に売れない、使えないというだけで住宅を捨て去るのではなく、幼い頃の思い出や、両親が家族のために購入し、汗水を流してローンを返済した思いは、価格にはならないけれど当事者にとってはかけがえのない価値とも言えないでしょうか。

とかく、現代人は儲かるか、儲からないかで価値を判断しがちですが、本来住宅は投資価値や市場価値のみだけで判断できるものではありません。日本不動産研究所設立時からの使命の一つとして「住宅問題を解決する」という課題に取り組んできたものの、時が過ぎ、時代が変わり、私達もこの点についての研究をおろそかにしてしまったのかもしれません。

「不動産投資市場」という言葉が席巻している現代ですが、投資市場からはずれてしまった住宅について、その価値を今一度、探求する時代が到来したと感じるとともに、一代限りで使い捨てられる住宅ではなく、長く大事に利用するための環境作りを模索すべきだと思います。(幸田 仁)