2020/08/07 高度デジタル社会の到来と不動産鑑定士

皆さんこんにちは。日本不動産研究所の幸田 仁です。

令和2年5月25日に新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言が解除されて2ヶ月半ほど経過しましたが、感染者は再び増え続けています。コロナ禍はまだまだ終息の兆しを見せていません。一方で政府もコロナ禍の教訓を活かし、ポストコロナ社会を実現すべく方針を打ち出しています。今回は近い将来到来するであろう社会や働き方の変化と、不動産鑑定士がこれらの変化にどのように対応すべきかについて考えてみたいと思います。

現実空間とサイバー空間

令和元年版情報通信白書によると、1990年代から徐々に普及したインターネットは、平成になりSNSの登場やICTの発展・進化によって「デジタル経済」と呼ばれるマーケットを出現させました。また、デジタル経済が定着しつつある現在、クラウドサービスやスマートホン等を活用したビジネスを生み出したことにより、インターネットが「サイバー空間」を創り出したとしています。そして、近い将来には現実空間とサイバー空間が高度に融合する時代が到来し、その未来像として「Society5.0」を掲げています。

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【資料:令和元年版情報通信白書より抜粋】

デジタルトランスフォーメーション(DX)

令和2年7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020(以下「骨太の方針」)」では、今般のコロナ禍によって「Society5.0」の実現に向けた社会実装の遅れが白日の下にさらされたことを教訓に、デジタル化・人的資本形成・イノベーションのいわゆる無形資産である3分野への投資を強力に推進し、「新たな日常」を実現するための施策「デジタルニューディール」を掲げています。

そして「新たな日常」を実現するためには社会全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を原動力とし、デジタル・ガバメントの実現、デジタル基盤・オープンデータ化の推進のほか、民間企業のDX、通信インフラ(5G、ポスト5G等)の整備を挙げています。

特に着目すべきは働き方改革を進めたフェーズⅡ(職務や勤務場所、勤務時間が限定された働き方を選択できるジョブ型の雇用形態への転換)に向けた取り組みを加速させるというものです。具体的にはテレワークの定着・加速、フリーランスとして安心して働ける環境の整備などです。

「SOCIETY5.0」の実現と働き方改革

骨太の方針が目指す「Society5.0」は、都市のあり方にも変化を及ぼすと考えています。これまで現実空間における経済活動は都市に人々が集中することが必要でした。言い換えれば「人の移動による経済活動」ともいえるでしょう。一方で、サイバー空間での経済活動は、人の移動が必要条件ではなくなるということを意味します。骨太の方針でも具体的な方向性として「東京一極集中型から多核連携型の国作りへ」という項目を掲げています。

一極集中がもたらす利益と弊害

弊所初代理事長櫛田は不動産研究第14巻第1号(昭和47年1月)の曙雑記で「集積の利益、不利益」として以下のように述べています(要約)。

「人が集まるのは、集まった方が利益があるから集まるのでありますが、集まりすぎると不利益が起きてしまいます。生活上の利便、経済的な利便が増えたものよりも、交通事故や病人が増えたとか、人が集まったことによって社会施設、公共施設が不足している状況を不利益とすれば、もうすでに東京には人が集まることの利益はなくなっているというように思うのです。」

また、不動産研究第15巻第1号(昭和48年1月)では、「土地と人間との関係」と題して、以下のようにも述べています。

「今日の世界が持っている病根の進行を除くための世界的新秩序作りを提唱しているアメリカのプリンストン大学のリチャード・A・フォーク教授(当時)の言葉を借りますと「人間の存在自体が汚染(ポリューション)を創り出す時代となってしまった」ようです。集まりすぎてある限度を超しますと、動物は凶暴になって、かみ合ったり、殺し合う状態になる。それを動物学の方ではパニックと言うそうであります(中略)。ある人はこのことをとらえて東京パニックがやがて起きるぞと警告しています、動物パニックと同じように。私は笑い事としてすまされないと思っているのですが。」

ストレスからの解放

テレワーク、ワークライフバランスといった働き方改革は、これまでの現実社会に拘束された労働形態を変革するものです。このような働き方改革の基盤はサイバー空間が現実空間と高度に融合することが前提となります。また、新たな働き方は、通勤ラッシュや待機児童問題等によるストレスから解放されることが実現し、住宅も通勤時間を気にすることなく選べることで、長期にわたる住宅ローンの返済に不安を抱くこともなくなります。現実空間での働き方による人々のストレスが遠因となり、職場でのハラスメント、家庭でのDV、SNSでの誹謗中傷という形で表面化しているのではないかと感じています。一方で、在宅勤務においても快適な業務環境を備えるための、新たな住宅のあり方に関する変化も起こってくるのではないでしょうか。 

不動産鑑定士に求められるもの

近い将来、現実空間とサイバー空間が高度に融合した「Society5.0」が到来することになるでしょう。そして「Society5.0」によって、土地と人間との関係、つまり「不動産のあり方」も変化することになるでしょう。

「Society5.0」における「不動産のあり方」を分析し、その価値を判定するためには、不動産鑑定士が現実空間とサイバー空間を自由自在に行き来し(少しおかしな表現ですが)、都市のあり方、人々の働き方の変化を読み取る能力を今から身につけておくことが必要となるでしょう。現実空間における物理的な価値とは異なる、サイバー空間で働く人々が抱くであろう不動産の価値を見極める新たな考え方を体得するために、不動産鑑定評価の実践を通じてこれまでの固定観念を壊していくことも必要だろうと考えます。(幸田 仁)