2021/04/07 適正な価格を把握することの難しさ

皆さんこんにちは、日本不動産研究所の幸田 仁(こうだ じん)です。

読売新聞の報道によれば、ブロックチェーン技術を活用し、唯一無二のデジタル資産の取引(オークション)が活発になっているそうです。たとえば、米ツイッター社のジャック・ドーシーCEOが2006年3月に投稿したツイートが291万ドル(約3億2,000万円)で取引されたそうです。

オークション(競争入札方式による取引)は、不動産においても公的機関や企業を中心に行われています。オークションは複数(多数)の参加者のうち最高値をつけた参加者が落札しますが、この落札価格が非合理的であるという内容を紹介し、不動産鑑定士に必要とされる資質について考えてみたいと思います。

勝者の呪いとは?

「勝者の呪い(winner's curse)」は、米国大手石油会社の3人組のエンジニアが最初に考えたとされています(「行動経済学入門」リチャード・セイラー著、ダイヤモンド社)。 それはオークションでは、落札者は結果的に損をしてしまうという考え方です。理由は、1つ目に落札価格が対象物の価値を上回ってしまう場合、2つ目は対象物の価値が社内の専門家の評価額を下回ったため、期待外れとなる場合です。勝者の呪いについて、研究者はその後、様々な実験や分析、検証しましたが、落札価格は期待できるほどの利益は得られないという結果となり、オークションに非合理性が存在しているという証拠だとセイラー氏は説明します。

勝者の呪いを気付かせるには

そしてセイラー氏は結局、勝者の呪いから抜け出すための方法として、「あなたの新しい知識を競争相手にも分かち与えて、彼らの入札額を下げるように促すことかもしれない」と説明しています。損失を被る可能性があることを参加者に知らせるしかないという、きわめて原始的な方法です。

合理的な市場の形成に向けて

不動産市場の取引価格が勝者の呪いによる場合、その取引価格は非合理的である可能性があります。その場合、合理的な市場の形成のために不動産鑑定士としてすべきことを考えてみます。

多角的な視点で見えない部分をみること

不動産市場に勝者の呪いが存在する場合、多くの取引価格は非合理性を帯びてしまいます。その結果、現実の不動産市場が非合理ならば、私達は冷静に市場を観察分析し、不動産を多角的視点で捉えなおし、その結果を広く発信することで、現実の不動産市場の非合理性を認識してもらうことが必要だろうと感じます。

例えるならば、サイコロの面を上下左右から見るようなイメージです。加えて上から見た目が1のとき、見えない裏側の目が6であるという法則、つまり見えない部分を知る知識も必要不可欠です。

錯覚に惑わされないこと

勝者の呪いは、石油採掘権に関する入札などにおいて、専門家の入念な分析・調査を通したとしても起こり得ます。セイラー氏は同書で「勝者の呪い問題のカギを握る重要なポイントは、認知上の錯覚の存在である。錯覚は実質的に大多数の対象者に系統的な間違いを起こさせる心理作用」であると説明します。錯覚に気付くこと、自ら修正することはとても困難です。

不動産市場に対する先入観を取り払い、不動産を取り巻く環境や取引参加者の特性、刻々と変化する社会経済状況に対して、自己の経験や既存概念にとらわれず、サイコロのような多角的な視点と独創的な発想の獲得に挑戦することで不動産の価値に対する適正な価格を把握できるのだろうと感じます。

不動産鑑定評価基準が不動産鑑定士の資質として「高度な知識と豊富な経験及び的確な判断力を持ち、さらに、これらが有機的かつ総合的に発揮できる練達堪能な専門家」であることを求めているのは、勝者の呪いを見通していたのかもしれません。(幸田 仁)