2022/01/14 【不動研だより】米国不動産ルポ ~ Covid-19パンデミックの米国事務所ビル市場への影響 ~

 今回の「不動研だより」は、弊所北米連絡員・藤木一彦の米国不動産ルポを掲載しております。

 弊所では、1990年代以降、北米連絡員が米国やカナダの不動産評価実務の調査研究や不動産関連情報の収集、不動産関係団体等との交流の窓口等の役割を担っています。

米国不動産ルポ ~ Covid-19パンデミックの米国事務所ビル市場への影響 ~

北米連絡員 藤木一彦

米国事務所ビル市場に一縷の明るさが2021年第3四半期には見え始めていました。

 このルポを執筆しておりましたのは、米国では感謝祭週末に当たる時でした。その週末を実家で過ごすために飛行機を利用する旅客数は、2020年の同時期に比べ、大幅に増加しました。感謝祭の風物詩であります、ニューヨーク・マンハッタンのメイシーズ百貨店主催パレードは、前年とは一転して、沿道に多くの見物客を集めていました。しかし、米国ではコロナウイルス感染増の第5波に入っており、パンデミックが再び経済の見通しに暗い影を落としていました。それに加えまして、南アフリカで新たに見つかりましたオミクロン型変異種の影響で、感謝祭週末の中日に当たります金曜日に株価が暴落しました。ここでは、こうしたパンデミック関連の新たな状況が米国事務所ビル市場あるいは事務所勤務形態に、どのように作用するかについては考慮できなかったことを予め御了承ねがいます。

 表1は、執筆時点で利用可能でした、JLL社の最新の公表データを基にしまして、パンデミックの影響が本格化した2020年第2四半期から2021年第3四半期までの米国事務所ビル市場の主な統計数値を示しています。このデータは、米国の54の事務所ビル市場のクラスAとクラスBの事務所ビルについて集計が行なわれたものです。2021年第3四半期における表1の統計数値は以下の箇条書きのような解釈が可能で、全米事務所ビル市場は、押し並べて見ますと、最悪の状況から脱しつつあったように見受けられました。

 

●新規賃貸借契約量 新規に締結されました賃貸借契約の延べ床面積は全米で4千万平方フィート近くに達しました。この水準は、パンデミック以前平均値に比べて35%程度低いものの、2020年第2四半期以降としては最高の値でした。

●ネット・アブソープション 事務所スペース賃借需要の強さを示すネット・アブソープションは、マイナスの値が続きました。この値がプラスであれば、事務所賃貸市場は需要過多と言えます。これに対しまして、近時の統計のような負のネット・アブソープションは供給過剰ということで、当該期間内の新築事務所スペース供給量と賃貸借契約解約スペース量との合計額が新規賃貸借契約量を上回っていることを意味します。しかし、表1を御覧いただけましたら明白なように、負の値は2021年第3四半期には730万平方フィート余りにまで縮小しました。

●新規賃借人獲得のための賃貸人の方策 表1の右端二つの欄は、テナントを見付けやすくするためにビル所有者が利用する手段です。一つは、テナントの事務所スペース内の造作費用の一部を賃貸人が負担するというものです。もう一つは、一定期間の賃料免除です。どちらも、2021年第3四半期においても、パンデミック前の平均値を大きく上回っており、賃借人に有利な市場が継続していたことが見て取れます。しかし、両方とも直近の最高値を下回っており、賃貸事務所ビル市場は徐々に落ち着く方向に動き始めているようでした。

 JLL社が調査しました最近の賃貸借契約の契約期間の結果を示したものが表2になります。それによりますと、2020年第3四半期には、3年未満の短期契約が46%超となっていました。これは、パンデミック発生直後においては新規テナントの半数近くが自らの事務所スペース需要の長期的な見通しが立てられなかったことの証左であろうと考えます。その後、短期契約の割合は減少して、2021年第3四半期には全体の1/4程度を占めるに留まるようになりました。一方、5年以上の賃貸借契約の割合は、2020年第3四半期の約45%から2021年第3四半期には7割近くにまで上昇しました。コロナウイルス感染状況が、ひとまず沈静化していた2021年第3四半期には、事務所テナントの間にも将来に対する不安が和らぎ、占有スペース必要量に関します長期的展望に確実性が増したものと考えます。

 

米国の事務所ワーカーのハイブリッド型勤務形態継続の可能性が高いと思います。

 北米では、毎年、9月第一月曜日のレイバー・デイの翌日の火曜日から学校の新学期が始まります。2021年のこの日に合わせて、オフィス・ワーカーの大部分の事務所勤務を再開させることを計画していた企業が多くありました。しかし、コロナウイルスのデルタ型変異種の影響で、レイバー・デイ翌日の本格的オフィス業務の開始時期を先延ばしにした会社が殆どでした。事務所での勤務再開の程度の目安としてKastle Systems社のデータが用いられることがあります。同社は、その監視システムを提供している全米2,600棟超の事務所ビルで働いている人々の入退館データを分析しています。このうち、主要10都市の事務所ビルの実際の占有率を毎週公表しています。2021年11月17日時点の10都市平均値は38.8%でした。

 パンデミックは、米国におけるオフィス勤務者の働き方を一変させました。パンデミック発生以来、一度も事務所に戻っていない人々も数多く存在します。たとえば、The Partnership for New York City(大企業のトップで構成される団体)が会員に対して2021年10月下旬に実施しました調査によりますと、マンハッタンの事務所労働者の54%は完全リモート・ワークを実施していました。一方で、週5日総てオフィスで仕事している人々は8%に過ぎませんでした。

 今後、リモート・ワークと事務所勤務を組み合わせた勤務形態が米国では続いて行くものと考えます。そうした形態では、ワーク・フロム・ワーク・ウエンズデイ(一斉出勤水曜日)のように、社員全員が顔を揃える日を設けるのが普通になると思います。また、Cushman & Wakefield社が最近WeWork社に1億5千万ドル(約170億円)の資本出資を行なったことは、従来の都市内一カ所集中型の事務所スペース利用から、(リモート・ワークを考慮した)分散型のビル賃借への移行の可能性を裏付ける一つの動きだと感じました。

不動産研究 第64巻第1号「特集:気候変動と不動産」より 北米連絡員  藤木一彦)