研究部 不動産エコノミスト 吉野薫
2022年8月18日
日本銀行は8月10日、2022年第2四半期の貸出先別貸出金を公表しました。その結果からは、不動産市場を巡るデットファイナンス環境が緩和的な状態が継続していることを改めて確認することができます。【図表1-1】に不動産業向け貸出のうち設備資金残高と個人向け住宅資金残高(前年同期比)を示しました。いずれも一貫してプラスの領域にあり、特に今期は前期よりもプラス幅を広げています。
【図表1-1】不動産業向け設備資金、個人向け住宅資金(残高の前年同期比)
(注)国内銀行の銀行勘定。
(出所)日本銀行
また【図表1-2】には、不動産業向け設備資金と個人向け住宅資金の新規貸出(前年同期比)を示しました。いずれも2020年第3四半期に大幅なマイナスを記録しましたが、これはコロナ禍による影響のみならず、消費税率引き上げ直前の2019年第3四半期からの反動減を含んでいます。少なくとも足下ではプラスの領域で推移しています。これらの結果は、これまでに入手可能なマインド指標(「日銀短観」等)や、弊所のお客様や市場関係者の方々とのコミュニケーションから得られる肌感覚等とも整合的であり、不動産市場を巡るファイナンス環境に特段の変調は認められないと結論づけることができます。
【図表1-2】不動産業向け設備資金、個人向け住宅資金(新規貸出の前年同期比)
(注)国内銀行の銀行勘定。
(出所)日本銀行
少し気になる動きとしては、不動産業向け貸出の内訳項目である「不動産流動化等を目的とするSPC」向け設備資金貸出の動きが挙げられます。このところその残高の積み増しが顕著であり、ここ3年でほぼ倍増というハイペースです【図表2】。
【図表2】不動産流動化等を目的とするSPC向け設備資金(残高、新規貸出)
(注)国内銀行の銀行勘定。
(出所)日本銀行
とはいえ、このような急速な貸出残高の伸びが将来的な金融不安の火種になりかねない、と過度に警戒する必要もなさそうです。【図表2】にはSPC向け設備資金の新規貸出についても表示しています。これも過去と比べると高水準に至っていますが、足下では残高の伸びほどの顕著な増勢は認められません。
新規貸出が頭打ちであるにもかかわらず残高が伸びている背景として、平均的な融資期間が伸びている可能性が考えられます。過去の不動産市況の悪化時を振り返ると、金融機関が借り換えに応じなかったために不動産ファンド等が保有物件の投げ売りを余儀なくされ、それが不動産市況の悪化を助長する、といった“悪しきスパイラル”がしばしば観察されました。借り手からみれば、借入期間の長期化はそうした借り換えのリスクを低減することにつながるはずです。足下、SPC向け設備資金の貸出残高が急増しているとはいえ、そこに内在するリスクが高まっていると決めつけるのは拙速なのではないでしょうか。
(一般財団法人日本不動産研究所 不動産エコノミスト 吉野薫)
※当コラムで示される見解は個々の執筆者個人に属するものであり、必ずしも日本不動産研究所の見解を代表するものではございません。