研究部 次長兼特定調査室長 佐野洋輔
本稿では、現在、事業のあり方について所管行政庁である国土交通省と環境省を中心に検討が行われている官民ファンドの一つである耐震・環境不動産形成促進事業の概要と当研究所の取り組みについて紹介したい。
耐震・環境不動産形成促進事業(以下「本事業」)が創設された平成25年当時、全国的に建築物等の老朽化が進み、耐震性の劣る建築物が問題とされていた。その問題を解決するために国は建築物の耐震改修の促進に関する法律を改正、一定の建築物については耐震診断・報告が義務づけられ、老朽化建築物の再生を図った。また、地球環境問題の対応から環境性能に優れた不動産の重要性が高まり、「CASBEE」(建築環境総合性能評価システム)やLEED(Leadership in Energy & Environmental Design)、「DBJ Green Building認証」などの不動産の評価認証制度が注目された。
このような背景のもと、我が国の耐震化を進め、環境性能に優れた不動産の供給を促進するもう一つの国の施策として本事業が平成24年度補正予算にて成立した。これは国が民間投資の呼び水となるリスクマネーを供給することで、耐震化改修や環境性能を有する良質な不動産の開発・建替えの促進を図る事業で、平成25年3月、一般社団法人環境不動産普及促進機構(以下「リシード機構」)に、国から補助金が交付され基金造成、本事業がスタートした。
本事業のスキームは下図のとおりで、一定の財務能力や事業推進能力等を有する不動産運用会社を募集・選定し、選定された不動産運用会社とリシード機構にて投資事業有限責任組合を組成、当該組合が不動産を買い取り、改修・建替・開発事業を行う特別目的会社等に対して、民間出資額を上限として出資等を行っている。いわゆる不動産証券化手法を活用するスキームになる。
図 耐震・環境不動産形成促進事業のスキーム
(資料)国土交通省「耐震・環境不動産形成促進事業のあり方検討会」
また本事業の支援要件として、耐震改修事業であること、または建物全体のエネルギー消費量が改修事業前と比較して15%以上削減すること、CASBEE Aランク以上であること等、一定の環境性能基準を満たす改修・建替・開発事業であることが必要とされている。
本事業の実績は令和4年3月末時点で18案件(26物件)、総額303.4億円を出資し、事業開始から不動産市況が概ね好調であったことが背景にあるものの累積損益は約68億円の黒字となっており、官民ファンドのなかでも良好な運営状況である。投資26物件のうちオフィスビル改修事業が15物件と全体の6割を占めているのはビル内照明のLED化+αで省エネ改修の要件を達成することが可能で、その改修工事も低費用、さらに事業完了後光熱費削減が見込めることから民間事業者が取り組みやすかったと言える。しかし、一方で東北地方や北関東の築年数が相応に経過したオフィスビル、築40年を超えるオフィスビルなど民間資金だけでは進めにくい案件もあったと思う。その他の案件についてもきわめて低位な稼働率の物件、複雑な開発スキームなど、本事業出資が民間投資の「呼び水」としての役割を一定程度果たした事業と考えられる。
表 耐震・環境不動産形成促進事業の実績一覧
※ 支援NO16・18はコミット案件(国費実行額は決定時における予定値。国費実行額の合計欄のカッコ内の数字は本案件を含まない値。実行時期の欄は支援決定時期を記載。NO18は複数物件への支援を予定。)。
(資料)国土交通省「耐震・環境不動産形成促進事業のあり方検討会」
本事業における当研究所の役割は、スキーム図のとおり、不動産価格調査を含めたファンド投融資物件の確認等を業務委託の形で受けている。具体的な業務内容としては、大きく二つに区分され、一つは実地調査をはじめ、耐震・環境性能基準等の出資支援要件充足(可能性)、土地建物の権利関係・遵法性、地震・台風・洪水等のハザードリスク、コストオーバーラン・完工遅延等の開発リスク、事業進捗状況の確認といった物的な確認、もう一つは投資物件の想定売却時点における不動産価格調査に分けられる。これは不動産運用会社が売却時点と想定している将来時点を前提として、通常シナリオとリスクシナリオ(各投資物件に係る収支変動・物件流動性リスク等を個別判断)を設定し、それぞれの不動産価格を調査するものである。以上の物的確認・価格調査の結果をリシード機構及びDBJアセットマネジメント株式会社に提供することにより本事業の支援を行っている。
また、当研究所では本社と全国に展開している事業所網が連携して、本事業を関係者へ広く周知を目的とする情報提供業務と地方事業者の相談窓口対応業務も行っている。
本事業の補助金交付要綱においては、「要綱の施行後10年以内に、耐震・環境不動産形成促進事業の実施状況、社会経済情勢の変化等を勘案し、同事業の内容について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」こととされており、令和5年3月で施行から10年を迎えることから現在、本事業のあり方について所管する国土交通省及び環境省が中心になり検討が行われている。
我が国においては「2050年カーボンニュートラル」「2030年度温室効果ガス46%削減」を目指すことが宣言されたほか、ESG投資やSDGs(持続可能な開発目標)が国際社会全体の目標として共有され、経済・社会・環境をめぐる広範な課題に総合的に取り組むことが重要とされている。我が国の不動産分野においても脱炭素化・温室効果ガス削減に向けた取り組みやESG投資の促進が求められていることを踏まえると本事業の重要性・社会的意義は高まっていると考えられる。当研究所は、日本政策投資銀行とともにDBJグリーンビルディング認証にかかる個別物件の認証業務を実施するなど環境不動産への取り組みを早期から行っている。
当研究所では、環境不動産という視点だけでなく、気候変動による不動産への様々な影響について、所内の市場関係者や調査機関とも連携して、調査研究や商品開発などに取り組んでいる。このような取り組みをさらに推し進めるために、研究部を事務局とする部署横断的なチームを設置しており、ハザードリスクの定量化、ESG投資の不動産価値への反映など先進的な調査研究を行っている。当研究所の知見と経験、さらには外部の多くの関係者とのネットワークを活かして、今後も本事業の支援を始め不動産分野における気候変動対策や政府の政策運営に資する調査研究などの取り組みを続けていく。
(「不動産研究」第64巻第4号 特集:「森林・林業分野のこれから」 研究部 次長兼特定調査室長 佐野洋輔)