(執筆者:研究部 不動産エコノミスト 吉野薫)
2022年10月11日
前回のJREI Think-Tank Eyesコラム#3「回復途上の不動産実需」では日本企業が業容拡大意欲を失っていないことを確かめました。今回は10月3日に公表された日銀短観からそのことを改めて確認したいと思います。
企業の設備の余剰感および不足感を示す「生産・営業用設備判断DI」(「過剰」―「不足」)を見ると、全規模・全産業の区分で「最近」がマイナス1、「先行き」がマイナス3と、いずれも相対的に不足感の方が強い結果となっています。コロナ禍の初期に観察された企業設備の過剰感はすでに解消され、ひいては企業が業容拡大を志向しやすい地合になっているものと推察できます。また2022年度の設備投資計画(ソフトウェア・研究開発を含み土地投資額を除く)は全規模・全産業の区分で前年度比16.4%増と、ここからも企業が強気の計画を維持しているさまを窺うことができます。
一般に企業が業容を拡大しようとするタイミングではオフィスや店舗等の床の利用も増やそうとしがちですから、現在のマクロ経済の状況は不動産の実需の動向を占う上で好ましいものであるといえます。
金融面でも不動産業を巡る状況に変調はなさそうです。全規模・不動産業の「金融機関の貸出態度判断DI」(「緩い」―「厳しい」)は一貫してプラスの領域を推移しています(図表1)。
図表1:「金融機関の貸出態度判断DI」の推移(全規模・不動産業)
(出所)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(日銀短観)
確かにDI値自体は一頃よりも低下していますが、「厳しい」と認識する企業の割合が目立って増加する様子はなく、不動産市場において貸し渋りや貸し剥がしのような状況が生じている訳ではありません。また全規模・不動産業の「借入金利水準判断DI」(「上昇」―「低下」)は足元でプラスに振れていますが(図表2)、これは上述の「金融機関の貸出態度判断DI」とは異なり3か月前と比べた変化を問うものです。2016年のマイナス金利政策の導入以降、これまでにかなり金利水準が低下してきた状況のもと、更なる金利の下げ余地が狭まっていることと整合する結果であり、不動産業における資金コストが明確に上昇し始めているとまでは言い難いでしょう。
図表2:「借入金利水準判断DI」の推移(全規模・不動産業)
(注)予測DIは調査時点において今後3か月の間に「上昇」すると予測する企業の割合と「低下」すると予測する企業の割合の差。
(出所)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(日銀短観)
もっとも、図表2に併せて描画したとおり、借入金利水準DIのうち先行きの予測についてはこのところ一段とプラス幅を拡大しています。これはすなわち「今後3か月間に金利が上がる」と認識する企業が多いことを示す結果です。長らく不動産市場は低金利を追い風としてきましたが、それゆえにこそ先行きの金利上昇は潜在的なリスク要因として意識されているものと解釈することができます。折しも来年の春には日本銀行の総裁・副総裁が任期満了を迎えます。不動産市場においても、先行きの金融情勢はこれまで以上に注目を集めるトピックとなりそうです。
(一般財団法人日本不動産研究所 不動産エコノミスト 吉野薫)
※当コラムで示される見解は個々の執筆者個人に属するものであり、必ずしも日本不動産研究所の見解を代表するものではございません。