2023/01/25 【JREI Think-Tank Eyes】#7 金利上昇が不動産市場に影響を及ぼす経路

金利上昇が不動産市場に影響を及ぼす経路

(執筆者:研究部 不動産エコノミスト 吉野薫)
2023年1月25日


 2023年1月18日に実施された金融政策決定会合において、日本銀行は基本的な金融政策の現状維持を決めました。事前に一部報じられていたような金融政策の「点検」に関する公表もなく、したがって先行きの金融政策の見通しに関する追加的な示唆が得られることはありませんでした。この金融政策決定会合後、さしあたり10年国債金利が0.5%(日銀が設定する変動許容幅の上限)を下回っていますが、前回のコラムでも紹介した10年OISレートは十分に下がりきっておらず、日銀の金融政策修正に対する債券市場の思惑が払拭しがたいことを改めて示しています(図表1)。日銀は今回の会合において共通担保資金供給オペの拡充という技術的な変更を決定しており、これが期待通りに作用すれば国債金利の抑制には寄与することでしょう。それでも金融政策に対する先行きの見通しそのものが不透明である状況に変わりはありません。

図表1:直近(2023年初以降)の10年国債金利と10年を年限とするOISレート

(注)各営業日末ベース。
(出所)Bloomberg

 

 金融政策が先々どのように展開するのかを正確に予想することに関心がない訳ではありません。しかし筆者としては来たるべき金利上昇局面において不動産市場にどのような経路で影響が及ぶのかを事前に想定しておくほうがより有益であろうと考えています。

 まず基本的な整理として、市中金利の上昇は二つの経路で不動産市場に影響を及ぼします。一つには不動産市場におけるファイナンスのコスト上昇、もう一つには不動産投融資を実施する主体のポートフォリオ・リバランスを通じた運用先のシフトです。

 このうち前者については、10年国債金利をはじめとする長期ゾーンの金利上昇と政策金利を含む短期金利の上昇との相違により、不動産市場への波及経路とそのタイミングが異なります。長期金利の上昇は個人が借り入れる固定型住宅ローン金利や、J-REIT等が借り入れている固定金利型タームローン(金利スワップ契約を通じて固定金利化された借入も含みます)の金利上昇圧力となります。また社債や投資法人債の発行金利にも上昇圧力がかかります。固定型住宅ローン金利の上昇は、住宅購入希望者が固定金利で借り入れる際の住宅取得予算を縮小させることによって住宅市場に影響を及ぼします。ただし住宅市場では個人による住宅取得に対する判断の変化(取得時期の再考、固定型住宅ローンから変動型住宅ローンへの移行等)やハウスメーカーやマンションデベロッパーによる供給量や分譲価格の調整等の要因も市況に影響しますので、金利の上昇幅がそのまま住宅価格の押し下げに寄与する訳ではありません。実際、昨年12月の金融政策の変更を待つまでもなく、10年国債金利の上昇とともに固定型住宅ローン金利もじわじわと上昇してきたのであり(図表2)、この間に金利の上昇を要因として住宅市況が悪化するという現象は生じていません。またJ-REITが固定金利で借り入れているローン金利の上昇の影響は、借り換えのタイミングにコスト上昇要因として顕在化します。その後分配金利回りの圧縮を通じて投資口価格の低下に寄与し、ひいては投資法人による物件取得の意思決定に影響する、というプロセスを辿ります。このプロセスが作動するには、長期金利の上昇から一定程度の時間がかかります。

図表2:フラット35借入金利の推移(最低~最高)

(注)借入期間が21年以上35年以下、融資率が9割以下、新機構団信付きの場合。
(出所)住宅金融支援機構

 

 一方、もし短期金利が上昇すると、変動型住宅ローン金利や変動金利型ノンリコースローンの金利等を上昇させます。これは長期金利の上昇とは異なり、即座に債務者のファイナンスコストの上昇に作用します。その度合いが大きいと、物件の売却を余儀なくされる、あるいは物件の取得を手控える家計や企業が増え、そのことが不動産市場における需給バランスを悪化させ、ひいては不動産価格の下押し圧力となりかねません。

 ポートフォリオ・リバランスとは、金融環境の変化に起因して、金融・資本市場において不動産に対する投融資が手控えられ、他の運用方法に資金がシフトするという現象です。たとえば地方銀行等は、短期金利が上昇すれば余剰資金を不動産会社への貸付に回すよりもインターバンク市場で運用することを積極化するかもしれません。あるいは長期金利が上昇すればREITでの運用を手控えて公社債での運用を積極化することになりかねません。

 金利上昇がこうした経路で不動産市場に影響を及ぼすものと想定した上で、市場参加者がその局面に狼狽することなく対処できるでしょうか。そこに、金融環境の変化が不動産市場に穏当な形で受け入れられるか否かが掛かっています。上述のとおり金融政策の将来動向を正確に言い当てることはできないにせよ、十分な“心の準備”をした上で来たるべき金融環境の変化に臨みたいものです。

(一般財団法人日本不動産研究所 不動産エコノミスト 吉野薫)


※当コラムで示される見解は個々の執筆者個人に属するものであり、必ずしも日本不動産研究所の見解を代表するものではございません。