2023/08/02 【JREI Think-Tank Eyes】#8 7月28日の金融政策の修正が不動産市場に与える影響は軽微

7月28日の金融政策の修正が不動産市場に与える影響は軽微

(執筆者:研究部 シニア不動産エコノミスト 吉野薫)
2023年8月2日


 2023年7月27日・28日に開催された日本銀行政策決定会合において、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の運用方針が変更されました。従来日銀は「連続指値オペ」という手法を用いて、長期金利が±0.5%の幅に収まるように厳格に誘導していたところ、今回の政策修正では長期金利の変動に柔軟性を持たせることとなり、0.5%を超過する長期金利水準も許容されることとなりました。

2023年1月16日付けの本欄コラム「国債市場に再び広がる金融政策修正観測」においては、硬直的な政策が国債のカラ売りを誘発していると指摘しました。その後、日銀の政策変更を催促するような投機筋の動きは後退し、長期金利の水準も0.5%の上限を試すような水準には至っていませんでしたが、この機会を捉えて政策の柔軟性を確保しておくことは、日銀の説明通り「粘り強く金融緩和を継続する」ためには理にかなった決定であったと筆者は考えます。

ただ今回の政策は、金融政策のわかりにくさを一層深めるものであったとはいえそうです。金融政策の声明文において、「10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう」に長期国債の買入れを行うとする一方、長期金利の変動幅の“目途”を「±0.5%程度」とし、しかも「10年物国債金利について1.0%の利回りでの指値オペ」を原則として毎営業日実施するというのですから、日銀がどのような水準に長期金利を誘導しようとしているのか、一般の人たちにはますます伝わりにくくなったのではないでしょうか。

政策変更が公表された直後には、市場にも「日銀は事実上YCCを撤廃し、長期金利が1%に至ることを許容した」といった誤った見方が広がり、株価が急落する場面がみられました。また為替市場では円安から円高へと相場が大きく揺れました。もっとも、株式市場や為替市場はその後程なくして落ち着きを取り戻しました(図表1)。また植田総裁は15時30分から開かれた記者会見で、1.0%の利回りでの連続指値オペを「念のため」に設けたと説明し、そこまで長期金利が上昇する可能性は低いとの認識を示すとともに、長期金利が急激に0.5%を超えていった場合には機動的にオペを打つ、と述べました。この記者会見により、市場に広がった誤解や疑念は概ね払拭されたようです。今回の政策変更は予想外ではあったものの、昨年12月の政策変更ほどのネガティブ・サプライズであったとはいえません。

図表1:2023年7月28日(金)の為替および株価の動き

(注)3分足の始値ベース

(出所)Bloomberg

民間エコノミストの見解や、上記コラムで紹介したOISスワップレートの現状に鑑みれば、たとえ日銀が長期金利の上昇を放置したとしても、長期金利は0.6~0.8%程度くらいまでしか上がらないものと見込まれます。日銀は市場の急変を避けるように金利水準を誘導すると説明している以上、たとえそのような長期金利水準に至るにせよその道筋は穏やかなものとなるはずです。

弊研究所が今年の4月に実施した「不動産投資家調査®」でも明らかとなったとおり、仮に長期金利が1%に到達するとしても、それによる不動産投資市場関係者の投融資姿勢の変化は穏やかなものに留まりそうです(図表2)。結局、今回の金融政策の変更を不動産市場の悪化要因として過度に警戒する必要はありません。

図表2:「今後、日銀の金融政策が見直され、長期金利が1%に到達したと仮定した場合、
御社の不動産投融資姿勢にどのような変化が生じると思いますか。」

(注)有効回答社数は129

(出所)日本不動産研究所「第48回 不動産投資家調査® 特別アンケート(Ⅰ)」(2023年4月現在)

なお長期金利と不動産市場の関係については、2023年1月25日付けの本欄コラム「金利上昇が不動産市場に影響を及ぼす経路」もご参照ください。

(一般財団法人日本不動産研究所 シニア不動産エコノミスト 吉野薫)


※当コラムで示される見解は個々の執筆者個人に属するものであり、必ずしも日本不動産研究所の見解を代表するものではございません。