みなさんこんにちは。日本不動産研究所の幸田仁です。
令和5年5月、文化庁主催の「建築文化に関する検討会議」が開催され、建築文化の振興に向けた報告書が発表されました。
近年、大都市圏を中心に歴史的建築物や有名な建築家が設計した建物が取り壊される事例が見受けられるようになったことを背景に、全国の貴重な近現代建築をはじめとする建築物や建築文化を伝えるため、社会で共有すべき考え方等についてまとめたものです。
今回は、歴史的建築物の位置付けについて、不動産鑑定評価の視点から考えてみたいと思います。
不動産鑑定評価では、その土地を最も経済的に使用しているときに、価値を最高に発揮することができるという考えに基づいています。そのため、文化的歴史的価値の有無にかかわらず経済合理性の観点から歴史的建築物を鑑定評価することになります。
経済合理性、簡単に言えば「損か得か」の視点から考えれば、コストがかかり使用性が劣る歴史的建築物は「無用の長物」であり、所有者にとっても収益力の低下した建物を残すことは非合理的です。また、歴史的建築物の多くは、個人や法人の所有物ですので、取り壊した上で収益性の高い建物を建築する判断は理解できます。
一方で、歴史的建築物は、地域の景観形成に貢献し、建築文化や地域の歴史を伝える存在であるという点では、長い目で見た場合は、間接的ではありますが地域社会の利益となります。
つまり、歴史的建築物の存廃(残すか、壊すか)は、所有者の経済的利益を優先するか、地域社会や建築文化の歴史としての利益を優先するかという一種の「社会的ジレンマ」の問題として捉えられるのではないでしょうか。
歴史的建築物は一方でコモンズとしての役割、つまり共有財としての役割も持ち合わせているのではないでしょうか。厳密には特定の所有者の財産なので、コモンズではありませんが、その存在と景観が多くの人々や地域に貢献しているという意味では「コモンズ的」といえると思います。
長い歴史の中で生き延びてきた建築物や街並みは、歴史の記憶であり、後世に伝えるべき文化を担う存在の一つです。歴史的建築物は地域の文化や歴史を知るためのきっかけとなり、多くの人々に対して感動を与えることも確かでしょう。
櫛田光男は不動産の本質を「土地と人間との関係の体現者であり。その意味で文化的歴史的所産の一つである」と説明します。
現在のところ、不動産鑑定評価ではこれら文化的歴史的な価値を判断し、評価する方法論が確立されていません。しかし、歴史的建築物には金額に置き換えられないにせよ、これらの価値が存在することは明らかです。
次々に取り壊される歴史的建築物の文化的歴史的価値をどのように評価し、保護に向かう社会を形成すべきかは鑑定評価における研究課題といえます。
加えて大事なことは、歴史的建築物に対する文化的歴史的価値を所有者や市民が認め、地域共通の財産として相互に理解を深めることであり、所有者と市民、そして行政等が一体となって考えていくことではないでしょうか。(幸田 仁)