建替えの検討開始から10年。さまざまな規制に翻弄され建替計画は難航していた。そんな状況の中、高度地区絶対高さ制限が導入された2006年に、この地を拠点とするデベロッパーが事業協力者として参画することになった。通常、ディベロッパーは、マンションの建替事業において、住人との個別の話し合いや行政との協議などの業務は、専門のコンサルティング会社に委託して処理することが多い。しかし、このマンションのデベロッパーは、これまで再開発事業や区画整理事業を多く手がけ、まちづくりのノウハウを培ってきたとの自負があり、今回は自ら住人の合意形成や行政との協議を担う心づもりで参画した。
デベロッパーは参画すると直ぐに、60人余りいるマンションの区分所有者全員を対象にアンケート調査を実施、これを受け個別の面談に入っていった。また、これと併行して、区分所有者が新たな住戸を選定するにあたっての、ルールづくりの協議も開始した。このように区分所有者の意向を確認しつつ、調整に継ぐ調整を重ね、できうる限り区分所有者の意向に沿うよう心がけた。この間、デベロッパーは行政とも100回を超える熱意ある協議を続け、建替えに向け活路を見いだそうと模索していった。
行政との協議と併行して、デベロッパーは区分所有者との個別協議を繰り返すことで、2007年1月にようやく区分所有法に基づく建替え決議へと至る。このとき実は1軒の未賛同者がいた。しかし、その後の懸命な説得努力により1ヵ月ほどの期間で理解を得ることができ、全員合意での建替えに進むことになった。結果、区分所有者が無償で取得できる専有面積、いわゆる“還元率”は結局「80%(つまり住民は2割負担)」となった。当初の目標だった100%、即ち「負担なし」での「既存専有面積の確保」は叶わなかったものの、区分所有者全員が納得のうえで建替計画をまとめることができた。
担当者の話によると、建替えに向け「ルール一つを決めるのにも、半年以上の時間を費やさざるを得なかった」という。それは住人それぞれのおかれた生活状況の違いや、様々な住人の思いや考え方が混在する建替事業において、皆の気持ちを一つにあわせ合意形成へと向けるのは至難の作業であることの証明でもある。
建替えの事業スキームは、全部譲渡方式の等価交換契約の仕組みを活用し、デベロッパーがいったん権利者の区分所有権を買上げ取得したのちに、再度、希望する者に従前の権利に応じ、新しいマンションの売買契約を締結する方式がとられた。こうして2007年8月には、全戸一斉での明け渡しが行われた。11月には旧建物の解体工事が始まり、2008年3月を迎えると、新しいマンションの建築工事が着工の運びとなった。