固有性まちづくりの設え

Vol6.『O-Path 目黒大橋』まち・みち一体型まちづくり

 

Vol6. 『O-Path 目黒大橋』―まち・みち一体型まちづくり―

大成建設株式会社 理事 山口 幹幸 氏

 
5.13 UPDATE

固有性まちづくりの設え

 まちづくり方針は、一般に、抽象的な理念に近いものとなっている。どのような方法でまちを実現するのかが明瞭でないため、得てしてお題目とされがちである。

 たとえ立派な方針であっても、これを受けて、創意ある具体の施策を描けなければ、ありふれたまちづくりに化してしまう。まさに、固有性を具備するかどうかの分水嶺がここにあるように思う。

 大橋地区では、まちづくり方針に込めた住民の願いを、自治体や事業者が真摯に受け止め、住民と一体になって考え、協調して施策実現に取組んだ。この結果が、独自の固有性を生みだすことになったのだと思う。

1)大気環境に新たな負荷を与えないことへの多様な取組

 環境への配慮は、大橋地区まちづくりの基本となるものである。とり分け、自動車、排ガスによる大気環境をさらに悪化させないことに主眼がある。

 ジャンクションは、首都高3号線への連絡路を含め、全面的にコンクリート壁等で覆蓋化し、ループ内側にトンネル内の吸排気用の換気所を設置した。連絡路の車道壁面には光触媒コーティングを施し窒素酸化物を除去。トンネル壁面などは低VOC塗装とし光化学スモッグの発生を抑えた。

 一方で、自動車排ガスが滞留しやすい地形にも配慮した。玉川通り沿いや1-1棟前は、壁面の後退や広場の整備によりオープンスペースをできるだけ確保した。歩道と公開空地とで、開放的な空間となっているのが分かる。[写真5]

 首都高の経路変更も環境改善に寄与している。当初『駒場ルート』は、外気にさらされた一般的な道路構造だった。ルート変更で巨大ジャンクションになったものの、道路部分をコンクリート壁で全面的に覆い、排ガスを地域に放出しない構造になった。

 また、当初計画は駒場方面から地上で国道246号を横断するもので、これでは付近一帯が道路で埋め尽くされる。大橋二丁目側とも益々分断されてしまう。こうした危機を回避できた点も大きい。

 最新の設備機器を導入したのも注目すべき点である。換気所内には、低濃度脱硝装置や電気集塵装置が装備されている。この設備により浮遊粒子状物質(SPM)や二酸化窒素(NO2)を取り除いた後、高さ45mの換気塔から上空高く吹き上げ拡散する仕組みである。SPMの80%以上、NO2の90%以上の除去が期待できる。この低濃度脱硝装置は、首都高、日本道路公団など当時の道路3公団等が長年にわたる検討や実験を重ねた結果、平成15年に実用化の目途が立ち、中央環状新宿線に初めて導入したものである。

 地域環境に新たな負荷を与えないとする首都高の取組は、比類もない大橋地区特有のものだろう。だが、計画変更や新技術導入など環境対策に至ったのは、住民との真摯な折衝を通じて得られたものともいえよう。

2)住み続けられるまち実現への創意工夫

 さて、「住み続けられるまちづくり」は、再開発を導入すれば実現できるのか。再開発により、少なくとも地権者の生活再建の道は開ける。再開発ビルに入居すれば、構造や設備などの点で防災・防犯上の安心も得られる。政策的な床価格や従前居住面積に配慮した管理処分とすることで、生活も維持継続できるだろう。

 だが、単に、空間としての居室や商業施設があるだけでは、生活実感としての満足は得られない。地域に住む愛着や親しみが感じとれること。人のふれあいや交流が自然に生まれ、緑豊かで心安らぐ美しい景観のまちの姿が望まれる。

 住民が常々話していた『完成後もずっと地域のまちづくりに係りたい』との思いを満たすのも大切だろう。居住者の生活圏域を広げ、賑わいが生まれるような空間の設えがなければ、生活の豊かさも得られない。

 事業面で問題なのは、地権者の地区外転出を前提とする首都高道路整備と、ビル入居が可能な再開発を同時に進めるが、いずれの事業対象でも公平な取扱が必要なことだ。また、区域を分け工区単位で進めるにしても、希望する再開発ビルに一日も早く入居できること。さらに、無理のない負担で必要なスペースを確保できることである。これには適切規模の保留床を確保しなければならず、敷地が小さければ不可能である。一口に生活再建といっても課題は多い。

1)合併施行など地権者の早期生活再建策

 再開発と首都高の合併施行の結果、1.5倍の事業効果が生まれ、再開発単独の場合に比較し5年程度の事業期間の短縮できたとされる。施行者の事業効果だけでなく、住民の早期生活再建の実現に結びついたことも意味し、その成果は大きい。

 これには、事業過程での幾つかの工夫があるからである。まず、中央環状線の道路区域の一部について立体道路制度を活用し、再開発ビルの敷地として、重複利用している点である。

 これで約32,000㎡の床面積を生み出し、店舗、事務所、公共施設などの諸機能の増進とオープンスペースの充実、そして、地権者の適切な権利床価格を設定することもできた。だが、狭い敷地に高容積の建物を計画すれば超高層とならざるを得ず、日照阻害をめぐり建設計画の反対運動を伴ったことも事実である。[図8]

 次に、「工事借地」という方法である。首都高と東京都が区域を分け地権者の用地補償を行った。入居希望の地権者の場合、道路事業では再開発ビルに入居する措置がないため、首都高が、一時地権者の土地を借地し、管理処分時に東京都が土地取得する柔軟な対応が採られている。

 三つは「飛び工区」と呼ぶ方法。事業を複数工区に分けて実施するが、入居時期の遅い後続工区の地権者でも、先行工区の再開発ビルを希望する際に、管理処分で入居できる措置を講じている。このほか、事業協力者等の導入など、地権者が一日も早く生活再建できることへの工夫がされている。

2)居住性、広域性及び拠点性を創出する空間構成

 広域生活拠点には、住宅や商業施設など様々な機能集積に加え、子供から高齢者まで多くの人々が、その場所を訪れ、そこに集い、憩い・学び・遊び楽しめる空間づくりが欠かせない。大橋地区では、道路施設との一体的利用を図るなかでこれを実現している。再開発事業によって、ビル内に住宅、事務所、商業施設を配置し、後背地の既存商店街等と相まって、様々な機能の集積する場として充実を図った。また再開発を契機に、目黒区は1-1棟の1フロアーを取得し、近くにあった北部地区サービス事務所や大橋図書館などを、この地に新設移転した。[写真6]

 さらに、ループで囲われた内部空間やループ屋上の未利用空間を、区が広場や公園に整備して供用開放した。約3,000㎡の「オーパス夢ひろば」と約7,000㎡の「目黒天空庭園」である。[写真7]

 広場は区の要綱にもとづくふれあい広場として、庭園は都市公園法の立体都市公園に位置付け首都高の道路占用許可を受けている。

 ループ屋上の公園は、高低差が約24m、幅16m~24m、縦断勾配は約6%。近接の再開発ビル1-1棟の9階と1-2棟の5階に接続して公園出入口を設けた。

 さらに、北部地区サービス事務所を訪れる人や図書館利用者が、公園を身近に感じ、親しみをもって天空庭園の雰囲気に浸れるよう、1-1棟の9階の公園出入口フロアーに区の公共施設を配置した。公園の中ほどには直通エレベータも設置。地上からは、各再開発ビルと直通エレベータのいずれからでも利用できる。

 天空庭園を下っていくと国道246号の近接地点に至る。ここから、1-1棟前の国道に面する大広場の階段で地上に降りるか、国道246号に架けたオーパスブリッジを渡って大橋2丁目方面に至る方法がある。もちろん、これらの方向からも公園利用できる。こうして、東山や池尻大橋駅方面からのほか、駒場や氷川台、渋谷や青葉台など、周辺地域や遠方から訪れる人が容易にアクセスできるようにした。この位置にオーパスブリッジを設けたのは、地域が分断され商店街衰退を懸念する大橋二丁目側との一体性をもたせるほか、高所の氷川台や多数利用者のある東邦大学大橋病院方面からの利便性等に配慮したことによる。[写真8]

 『ジャンクション内の空間を地域活動や憩いの場に利用したい』という発想は、住民の会話のなかに度々出ていた。一方、『そんな高い所に公園をつくっても危険だし、だれも利用なんかしない』と冷やかな意見もあった。住民は、期待感と現実が入り混じり、実現には半信半疑であったように思う。だが、検討を進めるうちに期待感が次第に膨らみ、どのように利用したいかという具体の議論に移っていった。

 一方、道路施設という公物の性格や安全管理等から利活用の限界もあった。区と首都高との厳しい議論が交わされ、結果、首都高は住民の意向を受け入れて公園化に道を開いた。ループ内側の空間は換気所の安全管理を重視しながらも、敷地面積の約半分を地域に開放することになった。区も、立体都市公園とする上で、整備費用や安全性の確保、6%の勾配を活かした整備計画、財産管理上の取扱いなどの課題も少なくなかった。

 再開発ビルに繋ぐというのも簡単な問題ではない。ビルに入居する地権者が、いつでも公園利用できる利点はある。だが、新たな分譲入居者も多数いる。区分所有ビルという性格から、入居者の賛同を得て竣工後もずっと出入り口として維持管理されねばならない。開放時間や所有者のセキュリティ確保も必要である。建設計画や管理規約面での慎重な検討を要した。

 また、区の公共施設を9階とするのも簡単そうにみえるが、区では根強い反対意見もあった。出張所機能をもつ北部地区サービス事務所は、一般的に利便性や視認性を重視するからである。だが、公園に面した図書館という環境も大切だ。多くの区民に立体公園を味わって欲しいとの願いもあり、こうした点での理解を要した。

 オーパスブリッジの計画も同様に難問だった。新設すること、エレベータの設置・管理、計画する位置、大橋交差点の歩道橋撤去、山手通り支線の歩道設置は、すべてが関連している。国道246号という走行車両の多い幹線道路で、こうした大掛かりな計画は、そうそう実現できない。自動車や歩行者の交通量や監視カメラによる不法横断の実態も調査し必要性を説くことや、計画位置に反対する方々の理解も得なければならない。首都高の支援のほか、国道事務所、警視庁の理解や協力が得られなければ実現できなかった性格のものだ。

3)魅力ある景観形成と地域管理に備えた重点地区指定

 再開発エリアを含む国道246号沿道と池尻商店街付近の大橋一丁目周辺地区約11.3haの範囲を、平成18年2月に「東京のしゃれた街並みづくり推進条例」に基づく「街並み景観重点地区」に指定した。[図7]

 この制度は、指定エリア内の住民が自ら景観ガイドラインを作成し、建替え等をコントロールしていくものである。大橋地区で、この制度を適用する意味は何か。国道246号沿道は高速道路などに埋め尽くされ、景観とは無縁のようにも感じられる。条例の趣旨に合うのかどうか。東京都からも疑問が呈された。

 しかし、これには理由がある。一つは、疑問が出るほどの地域だからこそ指定するのだ。景観形成には、景観を守る、創る、阻害要因を排除するという意味が含まれる。この地域で重要なのは阻害要因の排除である。コンクリートの橋脚等で覆われた玉川通り沿道の暗く重苦しいイメージを、再開発を契機に明るい賑わい性のあるものに変えていく。また、ジャンクションのもつ閉鎖的イメージを目黒川周辺と一体化し、やさしく親しみのもてるものに変えていくことにある。

 二つは、エリアマネジメント活動の中心となることを期している。多目的広場は、広範な区民を対象としたスポーツの利用以外に、祭りやイベントなど地域での様々な催事や、災害時の一時避難広場にも活用できよう。地権者や周辺住民等による地域管理の取組が、区域指定を通じて育まれ、促されることを考えた。

 最後に、公園等の管理運営を容易にするため、収益事業を展開する素地として考えた。地域管理に重要なのは、管理主体が持続安定的な収益源をもつことである。できれば委託費に頼らず、開発のなかで公園管理費を捻出できるのが望ましい。例えば、ジャンクションの壁面や隙間空間を借り受けるのも一つの考えである。そこで、広告、ショップ、軽喫茶等を運営しその収入を管理費に充当する。屋外広告物条例としゃれ街条例は、ともに景観形成を目的としている。重点地区であれば比較的許可も得られ、工夫を凝らした設えも期待できよう。

 重点地区の指定は、住民をはじめ、国道等の道路管理者や再開発ビル建設事業者などが共に地域の景観を考え、一体となって景観形成に取組む良い機会になった。

 住民協議会によってガイドライン案が作成され、これに基づき、歩道の舗装や照明、植栽、ガードレール、オーパスブリッジや首都高橋脚について、デザインや色彩等が考案されている。既設3号線橋脚の塗り替えも行われた。収益施設など未だ実現していないものもあるが、十分成果を生みだしている。[写真9]